2024/09/16 14:18

緒真坂の本「1979年の夏休み/下半身の悪魔」より「下半身の悪魔」の書き出しです。

興味を惹いたらぜひ手に取ってみてください。


わけのわからない人たちを引き寄せるものが私にはあるのだろうか。そもそも私自身、わけがわからないから、いつの間にか、そういうたぐいの人たちが集まってきてしまうのだろうか。

わけのわからない人のことが嫌いなわけではない。いやむしろ好きなので、そうなってしまったような気がする。

とはいえ、わけのわからない人たちにもさまざまなタイプがある。私が好きなのは、そのわけのわからなさが魅力になっている人たちである。

そういう人たちは確かに存在する。

 

 初めて会ったのは高校生のときだった。彼女はスクールカーストの底辺というわけではなかった。成績だけを言えば、むしろトップクラスだった。言動が不気味だったので、彼女に近づこうとするクラスメイトが誰もいなかっただけである。オカルトが好きというより、言っていることがオカルトそのものだった。当時の私は七十年代の少女漫画、特に大島弓子さんの作品に凝っていて、教室で時間があれば読んでいた。平成の世に昭和の少女漫画。変った生徒であったことは間違いない。

スカートをたくし上げながら、彼女は私に近寄ってきた。大島弓子さんを読んでいる私の耳元で、急に囁くように言ったのである。

「下半身の悪魔と契約したの」

「パルドン?」

大島弓子さんの少女漫画風に私は聞き返した。彼女の顔をじっと見た。美形だったが、顔色が悪かった。父がときどきこんな色をしている。下半身の悪魔との契約と、彼女の顔色のどちらを先に突っ込んだらいいのだろうかと思いながら。

「悪魔って悪い意味だけじゃないのよ。強いこだわりや信念を表してもいるの。だからつきあって」

「は?」

「カラオケ」

「下半身の悪魔と契約したから、カラオケ?」

「そんなふうにつなげるとおかしいけれど」

「言っておくけれど、私、お金ないよ」

「知っている」

「カラオケに行くのも、初めて。友だちがいないから」

「わかるよ。友だちがいない理由。そんな漫画を読んでいれば」

 彼女は「バナナブレッドのプディング」の表紙に目をやりながら言った。